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御岳で合宿

先週末は青梅の御岳山で坐禅合宿だった。


8年前に参加したとき、楽しすぎて盛りだくさんすぎて、強烈な印象が残ったあの合宿。

https://chayoga.exblog.jp/21604463/


今年で11回目という毎年恒例の行事なのだけれど、その後の私はかくかくしかじかで犬に人生を捧げる決意をし、ずっと参加できなかったのだった。ようやく念願叶ったり。


御岳山ってヨガの人たちはよく利用していて話には聞くのだけれど、私はご縁がなくて初めて。高速道路を避け、甲府からぶどうがたわわに実るフルーツラインを通り、奥多摩湖を抜けて行った。麓に車を停めて、宿坊まではケーブルカー&徒歩で往復する。


うれしいことに、8年ぶりでも3分の1くらいは知っている人で、すっとその場に溶け込めた。


簡単な自己紹介のセッションのあと、ひとつめのワークは楽健法。二人ひと組になって足の裏で相手の足の裏や腿などを踏み踏みする健康法だ。なんとも心地よいので、8年前に気に入って、CHAZENで講習会をしようと先生に来てもらう手配をしていたのだけれど、先生と私の都合がすれ違って実現できずじまいだった。


楽健法は久しぶりだったけれど、気持ちよくて、流れていく感じがあって、実によろしい。踏んで踏まれてが終わったあと、背中に軽く指を置いてエネルギーを通すのだけど、ペアの相手がよかったのか、エネルギーの循環が強く感じられた。


人のカラダに触れたり、触れられたりするのっていいなあとしみじみ思う。オンラインでもコミュニケーションはとれるけれど、ぬくもりに触れることはできないからね。


思えば毎日欠かさず人のカラダを触っていたのに、11月から人のカラダにも犬のカラダにも触れなくなってしまった。接触欠如の感覚はなかったが、実は私、サワりたかったんだ。サワられたかったんだなあ。


そんな感じで出だしから大満足のまま、ボディワークと坐禅、講義、懇親会が続き、今回もとんでもなく楽しくて、あっという間に時間が過ぎた。遠足に来た小学生のようにコーフンしていた私は、いつもなら電池が切れるはずの時間にも目がギラギラしていた。同室のみなさんがスヤスヤと心地よい寝息をたて始めても、いっこうに眠れず。しかも朝はいつもどおり早く目が覚めてしまって、ずっと二日酔いのおじさんみたいに目が真っ赤だった。


二日目はさすがに電池切れるかと思っていたのに、まだコーフン状態が続いてなかなか眠れず。それでいて4時には目が覚めてしまう。集合時間は6時半なのでお布団のなかで静かにしていたけれど、少し空気を入れ替えようと思って障子を開けたら、夜明けの雲海があまりに美しくて......。もう寝ている場合ではない。


明けの明星(?)が写ってるかなと思ったけれど、ちゃんといた。



おとなしく寝ている作戦をあきらめて階下へいくと、お坊さんがひとり坐禅していらしたので、私も坐る。そのうちに「エゴスキュー体操」というのが始まる。椅子の上に脚を乗せるだけなのだけれど、整体効果でカラダのゆがみや痛みがとれるらしい。この合宿にはさまざまなボディケアのエキスパートが参加されているので、とても勉強になる、


たとえば同室になった方は個別の悩みに向き合う加圧トレーナーさんで、不調を訴える人にその場で対応する姿を見て尊敬の念を抱いた。私はそういう人になりたいと思い続けてきたけれど、なれずに終わるのだろうな。なにか人間としての根本が違うような気がするのだ。それで、理想の人になろうとするよりも、私は私にできることを一生懸命したほうがよさそうだという結論に落ち着く。


宿坊の食事はとてもおいしかった。肉こそないものの、先付け、刺身、煮物、焼物......とお膳にのりきらないほどの、合宿にしては豪華なものだったので、ちょっと心配だった。というのも、前回のコラムに「今週は動くぞー」と書いたその数時間後の夜中、腹痛で目が覚めた。食あたりだったらしく、それから数日間ずっとゲリゲリくんで体調悪かったのだ。ロクに食べられない状態のままいきなりフル夕食なんて大丈夫だろうかと思ったが、味の濃いものや油っぽいものが少なかったのでセーフ。


セーフどころか、翌日は何の心配もなく3食ペロッと、お代わりするくらい食べられた。寝てないのに講義の時間もまったく眠くならず、すこぶる元気な3日間だった。さまざまなボディワークと、笑いのエネルギーでカラダが調ったのだと思う。


カラダが調う坐禅合宿って理想かも。


CHAZENでもまた、穂高のリトリートみたいな合宿がやれるといいな。


すっかりそんなこと忘れていたけれど、大人数でリトリートができなくなったのはお犬様ゆえだった。養生園のときは、なにしろ動物病院に預けられたシューがかわいそすぎた。ハイキングのときだけ連れてきて、また戻されるときの、シューの泣き叫ぶ声が耳から離れない。


https://chayoga.exblog.jp/21682208/


だけど、ハイキングのとき元気なのはシューだけだったぞ。


https://chayoga.exblog.jp/21657216/



シューがいなくなったとき、なんで私ここにいるんだろう的などんでん返し感を味わったのは、長いことすべてが犬優先の毎日だったからなのだな。外で人と接触しながら学ぶ機会がないと自分が枯渇していく感じがあった。シューと長く一緒にいられたことはとても幸せだったけれど、その分私は枯れていったのだ。


少しずつうるおいを取り戻して、新しいことを導入していきたい。



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