平気で生きていく

シューを失ったことでこれほど苦しむのは、ひとえに油断、気の緩みでした。いったんできていた覚悟なのに、いつしかシューはそう簡単に死なないような気になっていたのです。

 

それに、シューの介護をしながらの移住とCHAZENの終わり&始まりという混乱のなかで、ちゃんと坐ったり、禅について深く考える余裕がありませんでした。修行的に隙があったことは否めません。

駄々っ子のように「やだもん、シューと一緒じゃなきゃやだもん」「シューがいなかったら生きている意味なんてない」と悶えている自分を滑稽に思いながらも、気づくとまたその考えに取り憑かれては七転八倒していた昨日、ふと愛児を亡くした中原中也の詩を思い出したのです。



愛するものが死んだ時には、

自殺しなけあなりません。

 

愛するものが死んだ時には、

それより他に、方法がない。

 

けれどもそれでも、業(?)が深くて、

なほもながらふことともなつたら、

 

奉仕の気持に、なることなんです。

奉仕の気持に、なることなんです。

 

愛するものは、死んだのですから、

たしかにそれは、死んだのですから、

 

もはやどうにも、ならぬのですから、

そのもののために、そのもののために、

 

奉仕の気持に、ならなけあならない。

奉仕の気持に、ならなけあならない。

「春日狂想」より一部を抜粋

自分の子どもに先立たれるほどつらいことはない。

でも、19年の長寿で大往生を遂げた犬は、むしろ拍手で送ってもいいくらいなのに、何をそんなに嘆いているのかと、恥ずかしくなりました。


同時に、禅の悟りとは「平気で生きていく」ことだったと思い出したのです。

正岡子規が書いています。

余は今迄禅宗の所謂悟りといふ事を誤解して居た。

悟りといふ事は如何なる場合にも

平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、

悟りといふ事は如何なる場合にも

平気で生きて居る事であった。

日曜日、シューに向かって一連のお経を唱えたあと、そして「ウダーナヴァルガ」のクラスのあとでは、不思議と心が安らいで、苦しみをもたらす妄想が消えていくのが感じられました。


そうでした。シューへの思いは全部ただの妄想なのです。愛情と思っているものは自分のエゴから生まれる愛執でしかないのです。

「その執着を手放しなさい」


そこに戻ることができたとき、苦しみは普通の悲しみや寂しさに変化したように思います。今日目が覚めたときの状態は、昨日よりずっと正常化していました。


一方で、気が狂いそうになるのも仕方ないとは思います。実家に迎え入れた日から19年以上の家族です。5歳のときに飼い主が母から私に移り、6年前に母が他界してからは「二度とシューを預けて泊まりに行くまい」と誓い今に至っています。オンもオフも、1年365日、四六時中一緒でしたから、もはや自分の一部になっていたのだと思います。


私の大きな誤算は、老犬になってからの死は冷静に受け入れられると思っていたことでした。人間の場合、高齢の人から順番どおりだったらそれなりに納得できます。でも犬は高齢になっても自分より年齢は若く、また老犬になればなるほど、子どものような存在になるのかもしれません。


特にここ2ヶ月ほどは食事の介助、排泄などのお世話が大きなタスクになっていたので、突然そのルーティンがなくなったことも喪失感を増大させた気がします。


ということはつまり、そのルーティンがないことに慣れればいいわけです。頭で考えても、忘れることはできません。むしろさらに思い出してしまうでしょう。


「習うより慣れよ」


それがプラクティスの極意ではないですか。

それが「毎日やるのがアシュタンガ」ではないですか。


そして、見送りのときにも話したように、失ったものを数えるのではなく、与えられたものを数えることで安らぎを得ようと思います。


幸いなことに長年ブログを書いてきたので、記録が残っています。たくさんの事件、旅と冒険、笑い、ケンカ......。CHAZENがオープンしてからは、いつも女子に囲まれてウホウホの楽しい思い出ばかり。老犬になったらケーキやすごいプレゼントで祝ってもらい......こんな幸せな犬と飼い主はまずいません。


と、頭で納得してもたぶんまた同じところに戻ってくるでしょうが、その都度またやり直せばいいだけの話です。何度やってもできないポーズをひたすら毎日練習することと同じですね。あとはプラクティスあるのみ。


一歩前進した今朝から坐禅もできるようになりました。とにかく今は毎日ひたすら「平気で生きていく」ためのプラクティスを続けるしかないのです。サンガの存在に励まされながら、一歩ずつ歩みを進めていきます。